2024/05/13

いびつに咲く花


どうもです〜

先日、事故って盛大に壊れた愛機MacBook Airが、長い修理を経て帰還した。
それまでCDとSDカード読み取り専用機として所持している2011年製MacBook Proで代替していた
(動画や音声関連のアップが遅れていたのはそのせいなのでした。。)のだけれども
Mチップってやっぱりすごい!
んギガの動画もギュインギュイン処理してくれる。
こいつとあと5年は戦えそう。頼んだからね。

「自分は物持ちが良い」と長年思っていたし、その自覚も多少はあって
例えば、こういった機械類だったり、アクセサリーや服、賃貸契約に至るまで。
と言いつつ、なんか違うなとモヤモヤするものは、ただ来ては去る。べつに拒みも追いもしない。
恐らく物持ちの良さは結果で、私の特技は「しっくりくるものを維持すること」なのだと思う。

指輪は、いまでは製造されてない型番の品をずっと愛用している。
そりゃあ、買った当時は最新だったのだから当たり前の話だ。
ときどき、それに価値を見出す人が現れて、廃盤レアだとかいって譲ってくれと値踏みしてくる。
私はそういうとき、こいつケンカでも売っているんだろうか?と考えてしまう。

昨日は指輪を一斉リペアにだして、私の指は少しさみしいけれど
歪んだまま、そして歪んでいることにも気づかないまま使い続けて
ある日手の施しようがないほど破綻したとき、あのとき調整していれば、と後悔したくない。
人間関係も、そして同じように、並行してフラッシュバックする。

私と友人の付き合いを羨ましがる人が、たまにいる。
そんな友達いない、恋人とそういう関係になりたい、関係構築の秘訣は何だと
挙げ句の果てには「付き合えばいいのに」など、意図の分からない質問や期待の砲火を受ける。

あなたがたは腕に腕章でも付けた審査員で、私たちは何ですか?
あなたがたが想い描く理想型に倣った盆栽だか、和牛だか、宝石なんですか?
そんな気分になる。

歪んだ指輪は、ただ叩いて真円にすればいいってもんじゃない。
はめる指や使い方の癖で、いや、なんなら鋳造された段階で、どこが歪みやすいか決まるそうだ。
微妙なズレをあえて残すんだよ、という御徒町のリペアマンの呟きに深く納得したことがある。

他人とどこまでの仲になるのか、そんなものは、未知数なようでいて最初から決まっていると
考えたことはないだろうか。SFのような話で申し訳ないけれども。
きっかけはなんでもいいい。新品であろうと、歪んでいようと、はたまた整備品であろうと。
とにかく「この人とは続くだろうな」という勘は、信じておいて損はないだろう。

私は、誰かの関係者になれることに心が躍る。
しっくりくるまでお互いの歪みを確かめ合えるなんて、愛のなせる業だと思いませんこと?
少なくとも私は、そう思う。



Shine on you.

2024/04/04

曇天、揺れるうたかた


どうもです〜

気づけば4月、時候の挨拶は好みではありませんが
東京はもう葉桜がちらほら。
基本的にインドアなので、外出の際は情報量に圧倒されます。

人には、あまり必要でない情報をキャセリングする機能が備わっていて
無意識のうちに最適化できる人もいれば、常時オン(またはオフ)の人、
自ら選択的に取り込む情報を調節できる人、いろいろなタイプがいますね。
その性質をどうこう説明したところで、薄ぼんやりとした共感を求め合うだけだから
心の中だけの不良性として外に出すことはないのですが。

桜って、言うほどキレイですか……?(爆)

こんなことを言ったら非国民扱いを受けそうな、と躊躇ってしまうくらい
「桜」はセンシティヴ・マターといいますか、気軽に苦手と言えない
花が担う概念として、「桜」は背負わされている荷が少々重すぎるのではないかと
同情めいた思いが芽生えるようです。
いろんなもののシンボルになっちゃうって、大変ですね。
下手なことできない!

個人的には、あの薄紅色とコンクリートの対比がどうも苦手で
「桜流し」なんていう雅な表現がありますが
降雨後の水溜りに散った花弁が密集している様は、いやにグロテスクに感じられ
そこに靴跡が付いていた日などは、忘れ去られた柘榴を見てしまったときにも似た
このまま酒でも飲んで憂さ晴らしをしようか、という気分になる。

なぜか、藤に対してはそういったノイズが比較的少なく、安心して鑑賞できるけれども
「色あひふかく花房ながく咲きたる藤の花の松にかかりたる。」と、枕草子にもあるように
藤も藤で、背負わされちゃってますね(笑)

「ただ在る」という現象に、美を見出しているのは、私たち。

電車に乗っていると、皆一様に携帯端末を握り締め、目を奪われている。
視覚はおろか、あるいは、意識さえも。
寝食を共にし、愛着のある色や形・象徴で飾り立て、片時も手放さない。
人によっては、現実とはかけ離れた状態で、共通の回路を持つ他者と通じ合う。

これはもはや、端末を依代とした、新たな信仰なのではないか。
そう思える瞬間がある。

ちょっと落とせば割れ、濡らせば動かなくなってしまうカラクリに
私たちは日常を、そして、個人的な情報の大半を委ねている。
例えば、恋に身を焦がし、端末を手繰り寄せては放り投げる夜
それに鳴ってくれと願うとき、それはもうただの機械ではない。
カラクリ、automatonの語源はギリシャ語のαὐτόματον(おのずから動くもの)

私たちは、現象に生命を見出しているのかもしれない。

花鳥風月から美を感じ取るのと同じように。



Shine on you.