2026/08/22

鉄は熱いうちに、冷コーは冷たいうちに


 おいしい水出しコーヒーを飲んでいる。
カフェインを摂取したいだけならそのへんのインスタントで事足りるが、自分のためにひと手間ふた手間をかけるのは、他人にも丁寧に接してみようという心が整うので、私にとっては必要な儀式的行動となっている。ここのところは私生活での動きに若干の変化があり、10年間投稿し続けたきょうの占いを休止して、新宿二丁目でお給仕をさせてもらっている。二丁目MAGIC以来のレギュラー勤務だ。どういった経緯で、なんて野暮な話はお会いした人にだけぽろぽろと話してはいるが、10年12年単位で物事は、あるいは人の人生というのは図らずとも動いていくのかもしれない。

 運を動かすと書いて運動とはよくいったもので、いままでどちらかというと地引網漁的だったスタイルから、自分の釣り具で収穫を得られる海域へ移動する勇気を手に入れた。運が良い悪いという概念があるけれども、実際のところは、ある程度は誰にでも平等に幸運は降り注いでいる。それに気づいて拾いに赴くのか、見向きもせず己の不運を冷笑するだけなのか。その違いが目に見えぬ形で厳然と存在しているだけだ。

 きょうびは、見ず知らずの人間の過去をあげつらい、正義の執行人然として石を投げる人間が生々しく可視化されてきたが、内側眼窩前頭皮質でしかものを考えられない人間がのたまう「あいつらより私は真っ当に生きてきた」という類の免罪符は、往々にして「私の人生はパッとしないものでした」という後悔の告白にすぎない(意訳: 知らん奴に変な言いがかりつけられても、気にしなくていいんですよ)。

 あなたが俯いて涙を流すことを待ち侘びるやつらに、あなたの価値を決めさせていいわけがないんだもの。

 人にはいろいろ事情がある。
どうしても他人に、剰え自分にすら優しくできない日もあるだろう。しかしそういう波があることと、それを表出させることは、別の話だ。ムスッとしていて許されるのはせいぜい20代前半までで、ペルソナMAXでもいいから上機嫌を装う能力の高さが「世渡り上手」となり、社会的通念としての「オトナ」の指標にもなる。
機嫌の良い人との会話を楽しむことは、私たちが思っている以上に自己治療として機能する場合が、おおいにある。人間は相手の反応によって、自分のことを知りたがる生き物であるし。
お酒を介した私であっても、占いを介した私であっても「あいつと喋れてよかった」と思ってもらえる人間でありたいものよ。

 自問自答しても、AIに言葉を投げても、頭がゴチャゴチャしてしまっている人は、生身の加賀と語らってみませんか?(相変わらずへったくそな営業w)




Shine on you.

2026/06/20

キレイの代償

 
 いま私は済まして日々を送り、剰えやれ表情ジワが気になるだの肌の粗をどうにかしたいだのと
平和ボケした貌の見てくれを取り繕うことに執着していられているが
悪い国へ金を流したくない、となったら、その国の会社の機器や製剤は選択肢から外さなければならない。
モフィウス8(めっちゃやりたかったー!くそぅ)、ステラM22、インモード、ルメッカ、このあたりの流行機器は壊滅。
美を諦めることで醜い争いへ加担せずに済むなんて、皮肉な話である。

 私が大人気ないだけなのか、スポーツに政治が絡むのも興醒めしてしまう。
開催中のサッカーW杯での一件など、もはやボールを介した代理戦争の様相だ。
フィギュアスケート鑑賞から足を洗ったのも、国の威信めいたものや企業の利権争いを背負わされた少年少女があまりにも不憫で見ていられなくなったからだ。

 こんなに期待されることを嫌うのは、私自身にも似たような経験があるからだと思う。
私に期待を抱いてくれる人を悪者扱いするつもりはないが、期待に背く結果が出たら「なんて不甲斐ない人間なんだ」と自分を責めるし、期待に応えられても「誰かの駒として機能するしか価値がないんだ」と、これまた自分を責める。自罰癖は治らないにしろ、やはり私は放っておいてくれる人、黙って見守ってくれる人がいちばん好きだ。そういいながら、私は愛猫の一挙手一投足を把握したがり、そっちよりこっちのほうがいいはずと手出しを試みてしまう。この猫も同じ気持ちなのかもと気づくとき、私は自分の傲慢さに嫌気が差す。

 そして同じように、傲慢さこそが人間の人間たる所以なのかもしれないとも思う。
神や仏のように振る舞えなくて泣いてしまうほどに。

 ときに、ボツリヌストキシン製剤治療を始めて、なんだかんだで10年目に突入した。
コツコツ続けていくいわゆる「ちりつも治療」だが、10年もやるとさすがに周りとの差が目に見えてきたなと感じる。
不機嫌な表情を見せまいとする見栄から始めたものが、いまや、私の叶わぬ夢を間接的に満たす代替治療となっている。
日記やら丁寧な暮らしのような自己満足的な習慣は続かないけれども、基礎美容やボディメイクといった、食い扶持に直結するルーティンは意地でも続けようとする。
要するに私は、誰よりも生き汚いのだ。キレイのためならこの手を穢すことも厭わない、と。

 目的がなくても美しくあって許されるのは自然だけだと考えている。
人間くんだりが美しさを追求するのなら、その美をもって如何とす、まで予見せねばならないはず、そうあってほしい。

 鏡は悟りの具にあらず、迷いの具なり。




Shine on you.

2026/04/19

平成は幕を閉じたまま


 私事だが、誕生日を迎えた。
30代も後半戦に入り、いよいよ愛嬌だけでは許されない場面が増えてきた。可愛げを失った男はどうなっていくんだろうと、周りの男を見てみる。自称するのも妙な感じだが、私はメチャクチャなのに、周囲の人たちはマトモで善良な人間が多い。40代が視界に入ってくるとやはり守りの姿勢に傾くのか、丸くなっていく人が多い気がする。そういう「ちゃんとした人生」を歩んでいる人と己を比較するのは無粋というものだが、ふとこう考えては、果てしない気分になる。私はなぜいまだにずっと、刃を研いでいるんだろうと。

 人類の苦難を解決する術は、いまのところない。すべての問題はカネで解決できるという人もいるが、それでは、私のもとに訪れる顧客のほとんどが社会的・経済的成功者である説明がつかないから、生きるうえでの経済状況と、物質としての金銭は分けて捉える必要があるのだろう。私のような生業の者は運命(選択的に作り上げる未来、とでも呼ぼうか)をある程度操ることはできるが、それはけっきょくのところ、死への道程をこねくり回しているだけにすぎない。映画、死ぬまでにしたい10のこと(原題: My Life Without Me)のように、みずからの愛の表現型を持っているか否かで、世俗的な常識では測れぬ行ないへの許容範囲というのは、豊かになっていくんじゃないだろうか。

 「何人か鏡をとりて魔ならざる者ある。魔を照すにあらず。造る也」とは斎藤緑雨だが、そもそも私たちが適切な収差で己を瞥する場面は少ない。広角のインカメラで「盛れた」顔を実際に拝んだら、さぞかし騒がしい造作なのだろう。せめて50mmのポートレイトで判断させてほしいものである。さて、私はネットの藻屑としてたくさんの魔物と対峙してきたわけだが、まだ私を私と呼べるうちに(天野月子w)、その真実の姿をしっかりと残しておかねばと躍起になっている。要するに今以上にVlogへ力を入れていこうという肚だ。ポッドキャストのほうは、ほぼ私のアシスタントになりつつある柳澤くんがかなり助けてくれているので、チャチャっとした動画くらいは自分で撮ってみようと思う。

 現在、新規のご案内を停止している鑑定も、頃合いをみて再会させようとしている。
新しい情報は随時、こちらとInstagramでお知らせするので、チェックしていただけると嬉しい。

 文字通り、春は短い。
だからこそ春生まれは生き急ぐのだろう。
その緑の、その膚のみずみずしさが有限のものだと分かっているから。




 Shine on you.

2026/03/31

Shinjuku is calling

 
 ニットを羽織っては大汗をかき、半袖を着ては震え上がる、服を間違え続ける日々を抜けたら、淡い青空に桜が咲いていた。
季節をさまよう思考はまとまりを見せ始め、私は静かに歩きだす。メタファーとしても、実際にも。過去がなければ現在もこれから先もない、言わずもがなだが、過去を振り切る潔さはときとして大切で、そして同じように、手向けの一瞥もなしに葬ったつもりの過去は、幻影となって死ぬまで付きまとう。

 一瞬と永遠は等しいがゆえに、私たちはそれに跪きたがる。

 現在にフォーカスを絞った話をすると、私にとって今年はちょっとキリがいいというか、お金をいただく占い師になって10年、AVに出演するようになって15年の節目だ。どちらもプロとして中堅選手になるわけで、頭の中では「ここまできたかあ〜」と「もうそんなになる!?」が混在している。だから何ってわけでもないし、この生業でご飯を食べていくのはほんっとうに大変だが、どうにかこうにか首の皮一枚で生きている。生かされている、といったほうが正しいかもしれない。どう考えても死が予見できる場面に何度も遭遇したが、私は毎回生存ルートに載せられる。命に優劣はないが、優先順位はある。私よりも生き残るべき人を差し置いてなぜ私が?とその都度自問自答するが、なんのことはない。これまでの自分の運命をかえりみればおのずと納得がいく。きっと周囲に重要な影響をもたらす誰かを助ける駒となるためなんだろう。私のような異端分子というか社会のバグ的な存在には、たいていそういう役回りが当てがわれるものだからだ。

 エゴとしての「私」は限りなく透明で、淡い。

 さて、きたる4月と5月は、私の誕生月と、7年の沈黙を破り再び新宿で始動したBar MAGICの周年を兼ねて、スペシャル月間ということで0時クローズだった営業を朝までやろうと画策している。去年お出ししてたいへん好評だった、年に一度しか作れない特別なハーブ酒をご賞味いただける準備もしている。
特に4月は水曜日が5回ある(1日、8日、15日、22日、29日)ので、お馴染みのかたも、まだだよというかたも、ご来店いただけたら幸甚の極みである。

 いつかきっと、なんて私には言えないしね。





Shine on you.

2026/02/17

Have you ever dreamt of a better version of yourself?


 猫を養子に迎えて1年が経った。
あっという間なようで、ようやくなようで。













 確かなことは、自分の人生に心臓の鼓動がひとつ増えるって大変なことで、片手間じゃあやってらんない。
この子と暮らしていく中で諦めたこと(香とか旅行とか)もあるけれども、それを犠牲だと感じないのは、愛情めいたものを分泌する余剰が、私の脳にまだ残っている証なんだと思う。
私はまたひとつ、自分の愛の表現型を知った。

 いみじくも、灰色の猫が、色褪せていた私の人生を鮮やかに彩っている。




Shine on you.

2026/01/20

シャイン・オン・ユー


 気がつけば西暦が変わっていた!
あけましておめでとうございます。

 20代前半に遊び半分で開設したこのブログが、形を変え名前を変え、まさかこんなにも長い間ネットの藻屑として漂い続けることになるとは、予想だにしていませんでした。
リセット癖のメンヘラ共はもっと私を見習いなさい(!)。

 正直なところ、こんな年齢まで生きていられると思っていなかったというか、生活していく力が弱いゆえ30前に野垂れ死ぬだろうと高を括っていたので、将来の展望とか、夢()とか、そんなの考える余裕がありませんでしたし、いまも明確なものはありません。
みなさんは、何年後にどうなっていたい、なんて日々考えながら生活しているんでしょうか?だとしたならすごいですね。
そんなことを言いながら、醜く老いさらばえていくのは納得いかないので、多少加齢に抗ってみたりしていたら、出役としての仕事が増えて副次的にほっこりしたりと、私は私で、世界に蔓延るルッキズムをうまいこと手玉にとって甘い汁を啜っているわけであります。

 トレーニングジムと美容クリニックの往復だけだと、ほんとうに頭がおかしくなってしまうので、適宜手を抜くことも大切です。
涅槃のポーズでポテチを貪り、B級映画を流し、ああでもないこうでもないと能書きを垂れながら猫を愛でる、そんな日も私を私と呼べるための重要な儀式的要素といえるでしょう。それは、落ち切らない程度の甘くささやかな堕落。

 こういう姿を見るやいなや、私を奈落の底に道連れにしようとする輩が手薬煉を引いて近寄ってくるのですが、私、一度死んで生き返っている人間ですよ?見くびらないでいただきたいなと常々思っているのですが、年末年始にかけては、奴隷にしてくださいと直訴してきた男がいまして、退屈凌ぎでままごとに付き合ってあげていたら、つけ上がって文句を言ってきたため「お前はただの注文が多いだけの受け身の冷凍マグロ、誰かから大切にされる喜びを知らないかわいそうな生き物」と告げて私のリングから降ろすなど、生育環境に恵まれなかった人間の駄々をまともに取り合って疲れてしまう、といういつものありがちパターンに陥ってしまっていたので、邪気を入れられぬよう振舞っていかねばと、また気を引き締めるのでありました。

 私みたいな生業の人間は「こいつどうにかできそう」と思わせるのが得意なのです。
得意というか、生存戦略の副作用としてそれが発現してしまう。同業のかたはゆめゆめ。刺されないように生き延びましょうね。

 さて、あまり年齢の話ばかりするのも鬱陶しいですが、私は今年、四捨五入すると「アラフォー」となる年齢域に突入します。
過去には「加賀優作のつくりかた」というエッセイ集を公開したことがあるわたくし、ここのところは、それからさらに経験値を稼ぎ、善行マイレージを貯め、多少の悪行で痛い目を見て、第2弾となるエッセイ集の制作に注力している次第です。重すぎず軽すぎずな、さらりと読んでいただける内容を目指しておりますので、上梓のおりには、どうぞよろしくお願い申し上げます。


Shine on you, should be so bright
かならず君のため
光がやってきた 光が輝きを運んできた
ほんとうのヒーロー 国民的な英雄の影
あなたに 私も 過剰なまでに期待をしていた

2025/12/31

genesis of next

 

柄にもなくごあいさつ


2025年は、家族が増えたり、減ったり

MAGICが復活したり、ウザい奴が消えたりと

なかなかに動きのある年となりました。

そんななかでも飄々と振る舞えていたのは

ひとえに、加賀優作後援会のみなさまのご尽力

その賜物であります。


こんな体たらくの私をさらに愛せ、などと

軽口を叩く気は毛頭ございません。

しかし「こいつと喋ってるとおもしれーな」と

楽しんでいただける人間にもっともっと、なりたい。

見世物としての欲望は深まるばかりです。

傲慢な性分は死んでも治らないのでしょうね。

 

服を着ていても、脱いでいても

スンとしていても、ブチ切れていても

温かく「私」という本質を見守ってくださる

そんなみなさまに心からの感謝と、なけなしの愛を。


さみしさに似た喜びを胸で感じるとき

色褪せていたはずの人生が、急にまばゆい。


今年もありがとっ

来年もよろぴく🩵








Shine on you.

加賀優作

2025/11/16

love should be found not taken


 加賀優作という名の異端分子を形容する際に、必ず挙げられるであろう要素に「タトゥーがいっぱい入ってる人」というのが、まあまあの上位にくると思うのだが、私はタトゥーがそこまで好きなわけではない。
はい、いま脳みそが「??」になってしまった人とは、未来永劫分かり合えないと思うので、ここでお別れです。アデュー!

 近年のタトゥー文化の市民権獲得は目覚ましく、都会であれば、絵図を露出して出歩いても特に好奇の眼差しを浴びることはない。せいぜい半ば選択的に職務質問を受けるくらいだ。とにかく、若い世代がどえらい図柄をガッツリ広範囲に入れているのには心底驚く。海外芸能人の影響が大いにあるのだろう。私の世代は、パーツひとつに対してひとつのテーマの絵図、または、よく見なければ分からないような部位にシンプルで小さい象徴を入れる、このあたりのスタイルが主流であった、という体感がある。それよりも少しお兄さんお姉さん世代は、龍は男・蝶は女、など図柄が持つ意味に主軸が置かれていて、胸割り七分は男・腰は女など、パーツにも性差があったように思う。まあ所詮は私がこの目で見てきた分母からの憶測に過ぎないので、正確性は期待しないでいただきたい。

 しかしきょうびは、私を含む「ワンポイントで何年もちまちま入れてきましたよ世代」が、柄と柄を繋げて一枚絵にしたり、過去に入れた作品をカバーアップして画風を変え、全体として見たときの統一感を出そうとするなど、落ち着いていたはずの「タトゥー入れようかなドライヴ」が再燃しているように見受けられる。私など、現在お世話になっている彫り師さんに無理難題を提示しては毎度困らせてしまっており、まことに恐縮の限りだ。

 「アトリビュートだけに託せぬ物語が溢れて止まらないのです」

などと宣い始めたら、いよいよ発狂したと思われてたちまち出禁にされてしまうだろう。とはいえ事実なのだから仕方がない。「一枚絵にしてまとまってる感を持たせたいんです」と、正常な判断力があると認識してもらえるような言い方に変えるなり、そこらへんはいい歳なのだから、真っ赤な嘘ではないが厳然たる本意でもない言葉を選ぶ術を洗練させておきたいものである。

 私の場合は、生きていくなかで感じるサイクルのようなものに応じて、この時期のテーマはこれだな・この文言だな・この絵柄だな、といったふうにかなりランダムなやり方でタトゥーを増やしてきた。二十歳で入れ始めて、1年に1個とするなら現時点で14個入っているはずだが、先に述べたカバーアップや絵図を繋げる方略によって、かなり数を入れている割に見え方としては控えめなほうだ。そして、暗い話はできれば割愛したいところだが、家族から受けていた虐待の古傷を隠すという裏目的もあった。首から上に入れないのは、なにも顔に自信があるからじゃなくってよ。顔は美容整形でなんとかしたら気が済んだ、というだけの話で、私は目に見える形で、己が精神的に進歩している証を、この肉体に欲しかった。いつだって、どこまでも、ずっとずっと、今だって、それを待ち侘びている。 
 
「身体を飾り立てて自分を祝福して愛してあげるの☆」という陽気な狙いが、限りなく少ないことはお分かりいただけたとして、こういった説明すらもはや面倒になる相手に対しては「メメントっていう映画とおんなじです」の一言でお茶を濁してしまう。もちろん「忘れることが生きている証だというなら、忘れさせなければ死ぬこともないじゃないか」という、この世への怨念にも似た、あの映画の説得力にシンパシーを覚えたのは、確かに事実ではあるが。皮肉なことに、目に見えるものだけがすべてではないと気づけたのは、目に見えるものをコントロールする術を得てからだった。私にとってタトゥーは、表現の手段でも結果でもなく、薄ぼんやりした自我を模索した痕跡でしかない、というわけだ。こんなスタンスの私が、タトゥー大好き!などと喧伝したら、タトゥー愛好家に殺されてしまうだろう。しかしまっさらな身体に戻ることはできないし、戻る気もない。塗りかけたキャンバスは、最後まで仕上げる。ただそれだけのことだ。

 愛だけじゃおまんま食べていけないと言えるのは、着の身着のまま愛に身を委ねたことがある者のみだという。確かに、失恋を恐れて恋をしないなんて愚かであるし、そして同じように、自分なりの愛の表現型を知ろうともせぬまま漫然と生きてしまうのは、死ぬことよりも恐ろしい。
そんな私の愛の表現型のひとつに「想像する」というのがある。
簡単に言ってしまえば、ある事象に対して複数の可能性の派生を作る力が、そこらへんの人よりも訓練されている。それを仕事にも流用できてしまうから、なかなかにややこしいものがあるわけだが。
たまに勘違いされるけれども、我欲を核にしたイメージングは想像ではなく「都合のいい妄想」である。この辺りの境界線が曖昧になったらば、途端に頭がお気の毒な人と認定されるので、見たいものしか見たくないおめでたい人は、ゆめゆめ真似なさらぬよう。

 想像力の乏しい人は、ちょっと考えれば分かるようなことをすぐに他人から引き出したがる。
例えば私のタトゥーを例に挙げるとするならば、私の身体を見るなり「痛くないの?」「いくらしたの?」などと、彼らは平気で訊いてくる。正直、バカなんじゃないかと一瞬思ってしまう。皮膚の真皮層にまでインクを含ませた針を刺すのだから、高閾値機械受容器はバシバシと脳へ信号を送るに決まっているでしょう。なにより、人様が身につけているもののお値段を訊くなんて、よっぽど生育環境が賤しかったのだろうかと、お育ちまで疑ってしまいそうになる。
しかしそこですぐに激昂せず「場所によって痛みの感じ方はまちまちですかねえ、ここまではまあまあでしたけど、ここから先は激痛でしたw」とか「これもまた場所によってまちまちでですねえ、安かろう悪かろうとも言い切れず、まあ相場的には、これくらいのサイズなら片手でいけるんじゃないですかねえ〜」とか、そういった回答が欲しいんだろうという予見は即座にできるので、欲しそうな答えを欲しがるだけ与えるようにしているが、内心では、そうやってどんどん自分の頭で考える力を失い続けて傀儡人形にでもなり果てるがいい、とせせら嗤っている。

 やはりなんといっても究極の愚問は、入れた理由や絵図の意味を聞き出そうとすることだろう。彫り師ですら、共に絵図を作り上げていくなかで、その意図を織り交ぜながら説明し解釈を共有することはあれど、顧客に対して「どうしてこのデザインにするんですか」なんて、よっぽど無茶な要望でない限り、まず問い質さないであろう。

 これはもう、2文字でしか表現できない。礼儀。

 恵まれているはずのものを使おうとしないというか、他人に迷惑をかけることに対するコストについて無頓着な人が、私は本当に苦手なんだなと再認識した。
と、なんだかんだ言いながら、適切に怒りを表明しようと試みるのもまた、私の愛の表現型なのかもしれない。
どうでもいい人には、なんにも感じないからね。






Shine on you.

2025/10/10

break these chains


 私は「どベタ」に弱い。
聞いていて恥ずかしくなるほど気障な愛の台詞にも、さあさここいらで泣いておくんなましー!と言わんばかりのドラマ演出にも、歯の浮くような白々しいお世辞にすら、素直に相手の意図通りに反応してしまう。性格が単純なだけというのもあるが、私は徹底的に「様式美」というものが好きなんだと思う。むしろ、「こうきたら、次はこうなるはず」という予見が裏切られたとき、その裏切りに見合う意外な展開がないと、一気に興醒めしてしまう。あんだけやってこれかよ!と。そんなことを言いつつ当の本人はといえば、しっかりといろんな人の期待を反故にしてきたので、多少の裏切られエピソードはその相殺分として甘受すべきなんだろうと、納得はいく。ゼロから生まれた者は、無限大を夢想しながらゼロへ帰結するほかないのだ。
 とはいえ、何年時を経ようとも鎮まらぬ無念というのは、人生の要所要所で遭遇し、呪縛のように私たちの自由を奪うものである。

 私たちはいとも簡単に、不条理と理不尽によって組み上げられた鎖の囚人になってしまう。

 「置いた点と点が線になるように生きている」という表現を、私はよく自らの人生を説明する際に比喩として使う(もっと踏み込んだ言い方をするならば、すでに決められていた形に導かれているにすぎない、とすら思うが)。
 いずれにせよ、儚く過ぎていく日々の中で経験するターニングポイントやマークデーといった、線を紡ぐ点となり得る出来事が、怒りや悲しみ・憎悪・妬み嫉みに血塗られていては「あなたは何のために生まれてきて、そして生きているのか?」という問いに、まず胸を張って答えることはできないのではないかと憂慮するし、そして同じように、そんなのあまりにも、さみしい。
 私の生業は、癒しを与えることこそできないが、異次元からの視点を提供することにかけては誰にも負けない。さみしい人の相手をするのは、結局のところ彼らは私という他人を用いてマスターベーションを展開しているだけなので、こちらが非常に疲れるけれども、さみしい人によって困らされている人の力になるのは「誰かの役に立っている」という実感が湧くようで、飽きっぽい私ですら続けられている。私は誰かのアクセサリーではなく、アクセサリーのコーディネーターでしかないからだ。

 さて、話を「どベタ」に戻す。
 みなさんは、ご自身の好みを他人から否定されて、その愛着を恥じた経験があるだろうか。私は2018年に、大好きな曲をカラオケしていたら同席の顔見知りの女に「その曲ほんと嫌い、カラオケで歌う人も無理」と言われて、衝撃のあまりその曲を聴くのすら怖くなってしまったことがある。いま考えてみれば、女人禁制のゲイバーに私の顔パスで入店し、私のボトルから酒を飲み、私の伝票で勝手にシャンパンを注文するような厚かましい女の戯言など、まともに取り合う必要はなかったのだが、ついさっき、YouTubeのランダム再生でその曲が流れてくるまで、約8年間、私の「好き」は不条理と理不尽の鎖に繋がれたまま、線を結ばれることのない点になっていた。
 その曲は、FIRST TAKEというさまざまな音楽家が一発録りで曲を披露する人気チャンネルで、平成にヒットしたアンセム的な扱いで公開されている動画で歌われていた。私は、好きな音楽は直感で選び取っていて、流行っているとか超絶技巧だとかで聴くことはない。コメント欄は好意的な意見ばかりで、ざっとスクロールする限り、手厳しい評価は見受けられなかった。そらそうだ、ふつーに良い曲なんだもん。
 あのときの、あの女による曲や私への否定は、流行がもたらした彼女なりのいびつな反骨表現であって、私への個人攻撃が主たる目的ではなかったのかもしれないと、一握の赦しを感じた。それほどに、その曲が持つ力は色褪せていなかった。私は20代にセルフネグレクトしていた点をひとつ、いまに連なる線にしてやれたのだ。

 私のように早熟だった人間の30代は、20代の報われぬ御霊を葬(おく)る時期でもあるのだと思う。
 透明でいるしかできない無防備な心が武装せずに済むよう、祈りながら。みなさんは 「もう終わったことだし」なんて強がって、いまを弱気に生きていませんか?

置き去りにしてる自分を、迎えにいってみませんか?




Shine on you.

2025/09/17

still naked

 異彩を放っている人が、私は好きだ。

ひさびさの更新を盾になにを言い出すかと思えば、この有様である。ここのところは、ナチュラルに夏バテを起こして寝込んでいたり、余裕だろうと高を括って挑んだオール飲みで盛大に酔い潰れたりと、当たり前であるが、肉体の若さが失われつつある現実に、粛々と向き合っていた。心を置き去りのまま急速に肉体が老いていくのは、悪夢の再現かのように恐ろしいが、かといって、いい歳こいたおっさんが若者にヘコヘコと迎合する様も、往生際が悪く見苦しい。


 では、「正しい老い」とは、何なのか。


 老けたくないのであるなら、若いうちにとっとと死ねばいいだけ。簡単な話だ。そうはいかず、生きながらえつつ若さという有限の力は保持していたい。そんな傲慢さが、答えなど出るはずもない命題となって鏡に映る似姿へ投影されるのだろう。しかし鏡はただ、今の自分を反射させるだけなので、鏡に映るものが気に入らないのならば、それは、これまでの生き方に無理があったという、諦観への導きなのだ。

 神は細部に宿ると云うが、年増感も細部に顕れる。肘膝・関節の黒ずみ、顔と首の膚の質感の乖離、抜けるような透明感の喪失、などなど枚挙に遑がないものだが、私は「ヘソの形が崩れたら脱ぐ仕事を一切辞めよう」と、21歳のときに操を立てた(笑)。しかしそんな私の予想をはるかに超えて、私の腹の肉は頑張ってくれてしまっている。辞めるに辞められないのだ。自分が腹筋の割れた三十路になるなんて、誰が想像できただろうか。


 そこで私は現実の問題に立ち返り、「脱ぐための服」しか持っていないことに気づく。タートルネックや、ピタピタ系のインポート、重ね着なんて以ての外。冬でも2枚着首元ざっくり、タンクトップ・ボートネックマンセー男が、もしこのまま40代に突入してしまったら……。脱ぎたがりの変質者が完成してしまう前に、年相応の「無難な格好」を会得せねばならないのだが、幸か不幸か、私は物持ちがとても良い。11年前に買ったパンツをいまだに履いているし、革ジャンに至っては大規模なリペアなしで14年目に突入する。流行り廃りがない服を選ぶのが得意なのだろう。周囲の人間からは「とんでもない服をしれっと着ている」などと評されるが、それは柄や色が派手なだけで、よくよく見ればシルエットは定番というか、ハズレのない型であることが多い。トラディショナルを雑に着るというか、いつまで着てんねん!と突っ込まれるの待ちなところは、Vivienne Westwoodを敬愛する所以でもあるとは思う。だがやはり、私はプリセットの姿が裸体のまま、この歳になってしまったのだ。TPOに応じて溶け込む格好が、どうしてもできない。そのくせ、野外露出に対しての「いやふつーに公然猥褻じゃん無理無理」という倫理観はキチンと持ち合わせているから、なおのことたちが悪い。もはやここまできてしまったのなら、蒸すわあ〜などと宣言しながらやおら上裸になれるくらい、芸人レベルの肝は据わっているべきなのだから。異彩を放つ人は、それができて、私にはできない。だから無いものねだりで、そういう人に惹かれるのだろう。


 そんなどっちつかずな己と訣別するために、私は大規模な服の処分を断行した。結果はもうみなさまお察しの通り、他所行きの一張羅と家用のダル着だけが厳然と残るのみであった。バッチリ決めるか盛大に油断するかだけの違いで、私にはもともと「脱いでいる状態」か「なにかを仕方なく着る」かの2択しかなかったのだと再認識するだけの、非常に情けない時間であった。私に必要なのは、脱ぐための服を捨てるのと同じように、着るための服を買うことなのかもしれない。着るために洗って乾かして、そしてまた着るために洗って乾かすような服を。


 それは、いつまでも無防備ではいられない自分を守るための、私にとっての「正しい老い」に繋がる鍵なのだと思う。


 あなたはどんな壮年になりたいですか?

壮年のあなたは、ありし日に思い描いた自分になれていますか?


 機嫌良く、鏡を見られますか?





Shine on you.

2025/07/14

ベイカーベイカーパラドクス

  
 朝から、モニターと睨めっこをしている。
後を引く海外ドラマにハマったわけでも、永久保存版だと確信するアダルト動画に出会ったわけでも、ない。「記憶の中の音楽をふたつ、デジタルの海で探す」という途方もない作業をやっていて、ひとまず中断したところだ。あまりにもマニアック、いやコアすぎる音楽ゆえ、鼻歌アプリもだんまりで、肝心のCDは実家にあるか、友人に借りパクされている。頼みの綱は記憶と、こちら側に残された僅かな過去データのみ。コンピレーションアルバムの1曲だったはず、とそのCDのジャケット画像をまず検索。買ったのが2009年か2010年だから、それより後にリリースされた音源は除外して......とまずは1曲発見。フォトメモリー型人間の得な一面である。音と視覚(映像・色・記号・アイコンなど)を立体的に配置して記憶する癖がある私は、「あの曲はおそらくあそこ」と目星をつけ、ズルズルとサルベージしたのだった。残るもう1曲が難儀で、実をいうと「ハイになったときにしか聴いていなかった」という、なんとも若気の至り極まりない理由で、あるべきはずの位置に記憶のインデックスが見当たらない。今更、いい大人があられもない醜態を晒すわけにもいかないので、あの宗教的なマントラめいた詠唱がサンプリングされたゴアトランスを探すべく、ひたすらカトリックの讃美歌を検索して再生している。私の勘だが、おそらくあの詠唱は「インドだからヒンドゥーのヴェーダ」というわけではなく、カトリック人口の多いゴア地方でヒッピー白人が思い描いた「理想のインド」がもたらした産物であると想像するので、あえてヒンドゥー的要素は除外して探している。おそらく、グレゴリオ聖歌の一節なんじゃないかなあ。ゴアにはフランシスコ・ザビエルのミイラもありますしね。彼と誕生日が同じなのでなぜか覚えている。

 「異国情緒」なんてものは、余所者が勝手に構築するイマジナリー彼国にすぎない。その国で産まれ育ち生きている者、いや、その国に親しみのある者にとっては、普遍的な日常に過ぎないのだから。南国の人は雪景色に憧憬を見出すけれども、北国で生活していた者からすれば雪は、厄介な気象でしかないのと同じように。馴染みのない人にとっては白銀の世界に思えても、見知った人間にとっては、一歩足を踏み外せば生き埋めになる死の氷なのだ。
交わることのない文化はやがて滅びる。交わり過ぎた文化はやがて変質する。能の世界でも、積極的に女性を取り入れた金春流や宝生流などがその好例であろう。

 さて、そんなお戯ればかりで私は日々を消費しているわけではなく、ここのところは、毎週水曜日のMAGICをもっと盛り上げていくにはどうしていこうかと、思索を巡らす時間のほうが多い。
私の映画好きが昂じて映画談義になる日もあれば、酔った勢いで業界の裏話を発表し合う暴露デーになる日もあるし、私のオカルト的な助言を求めて来店する方が重なる日もある。これは、私という人格が多面的で、そして同じように、掴みどころのないミステリアスな存在であることの証左であるのと共に、その不透明さを警戒されて、来店まで繋がらない例も多かれ少なかれあるのも事実だ。

 嘆かわしいことに、私は、キャッチーな人間ではない。
エゴの塊のような振る舞いをしながら「自我なんてものは存在しない」などと宣う。バカにもなれず賢しらにも成りきれぬ、東京が作り出した怪物。それが加賀優作なのだ。簡単に言ってしまえば「クセつよ店主」といったところか。私は不運なことに、それを強調しすぎてしまった悪例だが、悪い見本にも「反面教師」としてのお役目は果たせるというものだ。都会で生きていくには取っ掛かりというか、多少のクセは必要である。必須と断言してもいいくらいだ。私という仕上がりをご覧いただくことが、みなさまのより善い人格形成を進める作業の参考になれば、幸甚の極み。

 ぼんやりした薄味な日常に飽きてしまったら、ぜひ水曜日にMAGICへおいでませ。




Shine on you.

2025/05/12

Do you believe that we can change the future?

 
 無事に、7年ぶりとなるMAGICの、初日営業を終えることができた。
表情がガッチガチに硬かったのは緊張もあるが、急きょ打ったボトックスが効きすぎていたせいでもあることは、ここだけの話にしたい。みなさまの温かい祝福に、止まっていた時が動き始めたかのような体験に、営業後に静寂を噛み締めた。
 ご存知の通り、オカマルトのブートレッグ的な営業であるので、高級な紅茶や芸の細かいお茶請け、ゲイカルチャーへの深い造詣などは提供できないが、心の防具をひとつくらいは外してもいいかなと思っていただけるような接客を、この先も目指していくつもりだ。

 今月は「水曜日は加賀のMAGIC」の周知を目標に、コケるリスクを承知で毎週営業することにした。

 オカマルトの定休日は火曜と水曜だが、飲食店に火曜・水曜定休が多いのには「操業が火の車になる」、「商談が水に流れる」など、験担ぎ的な理由があるようだ。マザーグースの歌では「水曜日の子は悲しみでいっぱい」とも。週の真ん中であるがゆえか売上が中弛みしやすいのは事実で、アルバイト時代も、経営者時代も、この曜日には苦戦した。しかし、こういう日にわざわざ来店してくださる、その時点で、客層という視点で言えば非常に質が高い。
「水曜日が悲しみでいっぱい」なのは、Ash Wednesdayがあるから。あいつなんか飲み干してやるわ〜♪なんて歌もあることだし、どうせお流れになるなら、うざったい日常のあれやこれやを、流し去ってやろうではないか。あらゆる湿り気をもってしても、私のしつこい炎は消えない。

 (ちなみに、フライヤーにちらっと書いてあるのだが、オカマルトでの営業日に鑑定予約をいただいた場合、¥2000割引になりますので、ご希望の方はお気軽にお問い合わせください。)




Shine on you.

2025/05/03

So do I

 
 自分は、どうしてこんなことをやっているんだろう。
ときどき真剣に考え込んで、思索のツアーを組んでしまう。時期を間違えると「ハイ、だめ。もう、人生無意味。酸素使ってうんこ作るだけ!死の死の!!」と躁転して越えてはならない一線に足を踏み入れそうになるので、注意が必要だ。

 人前で裸になるのが嫌で嫌で仕方がなく、学生時代はプールの授業を仮病まで使ってサボるほどだったのに、大人になったいま、ギャラが出るならエンヤコラと脱げてしまえるのは、なぜなのか。
 吃音を揶揄われ、人前で話すことすら避けていたのに、いまや人と喋ることを仕事にしてしまえたのは、なぜなのか。
 自己紹介すらまともにできない、というよりやりたくもなかったのに、みずからの人生の切れ端を公に発信することへなんの抵抗も感じなくなったのは、なぜなのか。

 「自分を愛せるようになったから」とか「苦手を克服したから」とか、そんな生易しい概念では説明できぬ私の動機たち。少々エモーショナルな担当セラピストは「加賀さんは世の中に絶望していたのですね」と一言くれたが、膝を打つまでのカタルシスは覚えなかった。世界を疎む暇があったら、運命を変えればいいだけの話ではないか。私はただ、助けや施しを期待しながら、いつまでも口を開けて呆けているような、哀れな人でいたくなかっただけなんだと思う。とはいえ、それは魔術と同じように、思い描いたビジョン通りに事が運ぶと、喜びより「ほらね、見たことか」という屈折した感情が溢れる。サモスのアリスタルコスも、現代の天文学を見たら同じように感じるだろうか。私は「正当に評価されない不条理」を胸に秘めながら、三角法で運命の場所を測る。そうなると私はやはり、私を取り巻く世界の一部を、憎んでいるのかもしれない。

 私が私のままでいられたとおぼしき記憶は時間としてではなく、場面としての断片的なものに過ぎない。
思い出だけではつらすぎる、とはよく言ったもので、私はトラウマタイズドな記憶は容易に思い出すことのできない脳のストレージの深い場所に置いてきてしまって、おめでたい場面だけが鮮明にサルベージされる。酒を飲んだり瞑想をして意識を変性させれば詳らかに再現できるが、それをしたところでなにが変わるというのか。「X年後に開けてください」と記され封印してあるタイムカプセルを無視し、暴いているような気持ちになる。自己愛だの自己肯定感だのといわれる感覚を保ちたいのなら、思い出したくもない過去の存在を、それについて考えたくもないと感じる自分の心の秤動を、記憶の深層に仕舞い込んだ必死さを、まず認めること。そして、何事もなかったかのように振る舞えてしまえる異常性に気づくことが、何よりの武器になるのではないだろうか。そもそも、過去と対峙せねばならない場面なんぞ、放っておいても遅かれ早かれやって来るのだから、そのXデーに備えて、へこたれない生き汚さを磨くほうが、すでに空いている心の虚を塞ぐよりも、私には手っ取り早い。

 「愛は忍耐」という言葉はまことであったと、猫を迎えてから心底思う。
私は待つのが上手いし、「待っている顔が好きだから遅らせたくなる」と愛を囁かれたこともあるから、認知の歪みの収差はそんなに大きくないのだろうと予想する。おのずと、急かすことに振った行動は苦手になるし、「マイペースなくせに他人をせっつく人」とは、どうしても馬が合わない。鋭く尖りながら「その時」を待つ愛。ここだけはいくつになっても、きっと丸くなれない。ちなみに猫との関係は、極めて良好である。

 そういった私の不良性を認めてもらえる場所が、新宿にある。私などまだまだだなと思うくらい、一癖も二癖もある人(もちろん良い意味で)が集うカフェバーだ。
 この度ご縁があり、そのお店の定休日を間借りさせていただき、約7年ぶりに占いバーMAGICを復活させる運びとなった。現時点では5月7日(水)だけの予定だが、感じをみて隔週にするのか、週1にするのか、月1でいくのかを決めていく感じになる。いずれにしても水曜日は固定になるだろう。私としては「水曜日の子は悲しみでいっぱい」なんて言わせぬほどの勢いで挑むつもりでいる。
 26歳の私は占いと接客の両立でつまずいてしまったけれども、34歳になった今なら、少しは上達したお席あしらいを発揮できるかもしれない。

 あなたとお会いできたら、それは幸甚の極みである。







Shine on you.


2025/04/04

same pain, strange pain


 春に人の気が狂うのは、なぜなのか。

片頭痛薬の効き始めを体感しながらぼんやりと思う。「花粉すごいですねえ〜眠いしもうなんていうか、春眠不覚暁?」などと雑な世間話をしていると、いつの間にやら目頭の裏側がムズムズする体質になっているように、コミュニケーションの手続きを省略すると、そのツケでも回ってくるのだろうか。(私との事案では2回目の)措置入院から舞い戻った心を病んだ近隣住人が数日もせぬうちに再逮捕されたのも、祖母の余命が幾許もないことを不仲の母親から知らされたのも、ぜんぶ、春のせいにしてしまいたい。


 海外ドラマ一気観、という真っ当な仕事にお勤めの方が聞いたら呆れるような趣味を謳歌しているのだが、ある程度偏向した集中力を持っていないと完走は難しい。人間が意識的に集中できるのはせいぜい90分程度だというから、すべて観ているようで、ところどころ抜けているのだろう。だからまた観たくなる。圧迫的に、麻薬的に。


 趣味であるタトゥーやピアス、美容整形の話になると十中八九「痛くないの?」といった流れに、そして"no pain, no gain"理論(痛みなくして得るもの無し)に帰結することが多いけれども、「では、無痛であれば加速度的に手を加え続けるのか?」という話に持っていくと、たいていは座が痴れてしまう。少なくともその話題の上では、キレイな仕上がりは、本来不要なはずの痛みに耐えてようやく手に入るオプションか、あるいは戦利品でなければならない。

実際のところ、百貨店で数万円する美容液を買って顔に塗るより、2万円くらい握りしめてボトックス注射を受けるほうが「表情皺を失くす」という目的だけをみれば経済的負担は軽く済むし、結果も段違いに良い。そして、痛みは冷却で紛れてしまう程度だ。だからといって、効力を実感でき得る箇所へ、のべつ幕無しに打ちまくるのかといえば、断じてそれはしない。欲しい状態のための手順に痛みが伴うのなら、それを甘受する。それだけの話だ。痛みが軽く済むに越したことはないけれども、膚に針を刺されて何も感じないほうが、私にはとても薄気味悪く思えるし、察知すべき痛みに反応できないということは、皮膚感覚だけでなく、むしろ、心の働きの鈍麻を疑ってしまう。


 あるいは、麻薬的という意味でいえば、別の痛みをマスキングするための痛みとでもいえば、もっとオシャレに聞こえるのだろうか。 古傷は治りたがるほど、その痛みを覚え続ける。見知らぬ痛みは恐ろしいが、痛みを知った証が古傷に宿るのだとしたら、どこへだって抱えていけるのかもしれない。薬などでは癒せぬ苦しみは厳然とそこにある。しかし私は、完治することのない片頭痛の薬を護符のごとく持ち歩き、安心を得ている。花粉で粘膜がむず痒くなるのだって、痛覚として感知されないレベルというだけで炎症していることに変わりなく、それを抗ヒスタミン薬で一時的に鎮めているに過ぎない。感じることを遠ざけている自覚がないから、痛みを伴うあれこれの話題にも食い違いが生まれるわけで、そんなに痛みを忌み嫌うのであれば、花粉の痒みを疎ましく思うのではなく、痛みを伴う重症のアレルギーでないことにまず感謝すべきなのだ。文頭で述べた「コミュニケーションの手続き」を省略しないのなら、双方の痛覚・あるいは不快感の捉え方をある程度予測して臨むのが、きっとスマートとされるのだろう。

余談だが、私が経験した痛覚のなかで最も強烈だったのは、肝生検だ。麻酔を打ってですらあの痛みである。刺されて死ぬのだけは絶対に嫌だと心から思ったし、刺殺事件の報道を見るたびに、沈黙の臓器が疼く。


 人に刺されぬような振る舞いをより強固にしていこう、と静かに誓う春。

みなさまも邪気の回らぬよう、ゆめゆめ。





Shine on you.


2025/02/26

先生なんかじゃない

  
 猫の里親になって2週間が経った。
 覚悟していた「ほんとうの親じゃないくせに!」ばりの拒絶は杞憂に終わり、仰向けでベッドの上を転げ回り、同じ時間に眠りに落ちている。よっぽど前の家での暮らしがちゃんとしていたのだろう。お育ちのいい子は、人間も動物も素直だ。捻くれていない。私のような屈折した人間は、こういった種族のイノセンスに惹かれる。私になかったものをはじめから持っているから。

 そして同じように、サブスクリプションコンテンツで宣言していた外科手術も、無事に成功した。
 この醜い世界では、見栄えを良くすると身分の扱いも正比例的に良くなるので、俗世間的な「幸せな暮らし」を享受するためには、健康な身体にメスを入れることはもはや必要悪ですらあると言える。見てくれを商売道具にしなくても済むような隠居生活にとっとと切り替えてしまいたいところだが、私にはまだすべきことがある。それを成し遂げるのが先か、膚が水を弾かなくなるのが先か。神のみぞ知る、といったところか。

 どんな話題でも言えることだが、諦めたものを犠牲だと思っているうちは、求るものがいくら手中に収まろうとも、その心は空虚なままだろう。
 例えば、私は猫を迎えるにあたり、趣味である香を諦めたが、かといってそれを欠乏だとも、ましてや犠牲を払ったとも思っていない。「これだけの犠牲を払ったのに、なにも報われない」ありがちなフレーズだが、あなたね、生贄で神の荒ぶりを鎮める儀式じゃないんだから。受動的恩着せがましさ、というか、与奪のセンスに恵まれていないなと、そういった台詞を耳にするたび、絶望的な気分になる。

 エイミー・ワインハウスという歌手を思い出す。
天然の温かいハスキーボイスで哀愁たっぷりに歌う彼女の歌唱は上手いだけではなく、聴き入ってしまう。若くして名声と富そして注目を得た彼女は、薬物の過剰摂取によって27歳でこの世を去ってしまったわけだが、彼女のドキュメンタリー映画を観ていて、「ああ、彼女がほんとうに欲しかったものは、お金でも有名になることでもなく、ましてや周囲が求める曲を歌い続けることでもなく、心を許せる人たちとの安らかな日々だったんだな」と、心に響くものがあった。流れとして外せぬ歌わねばならない曲と、自ら進んで選びバンドとアイコンタクトだけでやりとりして歌っている曲とで、聴こえ方がまるで違うからだ。
 大衆が彼女に求めたのは「無頼なユダヤ人の歌姫」という偶像だったが、彼女はそれに応えるために費やした労力を、犠牲であると、有限のものをすり減らしたと、感じてしまったのかも知れない。そこにある揺るがぬ歌声だけは、確かなリアリティとして今もなお、そしてこれからも、聴き継がれ色褪せないだろう。

 どんな人の心にも、空隙は存在する。
 私のような生業の者はそれを察知するのが得意、というか、それができなきゃ仕事にならない。善なる使い方をすればフィクサー、悪用すれば詐欺師という諸刃の剣。この能力を自分だけでなく他人にも使おうと決めたら、その瞬間から、毎日毎秒、己の良心と向き合わなくてはならない。それは占い師・術師としてのさだめであると甘受しているが、ときたま、趣味感覚でタロットカードや星占いを齧っている人から、私と同じ目線で話を展開されると、戸惑ってしまう。
 私に言わせれば、占い師など、他人の運命を覗き見て口出しして、剰えそれを操り改変まで試みるような卑しい身分である。占術をエンターテインメント的に利用するまで身を落としてはいないが、罷り間違っても「先生」などと呼ばれる立場ではない。私の役割は、占術の理論に則り相談者の願望を現実に反映させる下地を作ることであって、手品やイリュージョンのような目眩しではない。ゆえに、「すごーい!当たってるー」というような的中体験は、目的ではなく過程なのである。
  "当たる占い師"という宣伝文句があるけれども、占術理論的におかしいというか、ふつーにやってりゃ当たるのは当然なんです(笑)。だって具体的な戦略を練らねばならぬのはその次のステップなんだもん。手品ですらプレッジ・ターン・プレステージュと3段落ちがあるというのに!?タロットはカードめくって説明書読んで、星占いは太陽星座だけで合う合わない言って終わり!?飲み屋のつまみ話じゃん!!
こちとら、ン万もする書物読んで知識つけたり、大家の勉強会行って技盗んだりしてるのよ?ばっかみたい。

 私は、自分の仕事について密着ドキュメンタリーのように語るのは好きではないが、そういう人たちからカードの切り方やリーディングのコツなどを訊かれるたびに、素人さんのお戯れは楽しそうでおよろしいことざますね、と思いつつ回答していたらそれこそ、黙ってりゃいい気になって、己が特別な人間にでもなったかのように振る舞い始める人が散見されたので、「占いができる自分、に酔ってるうちは三流だし相手にも失礼になるよ」と忠告したら、疎遠になってしまった。まあ図星だったか、そして占術や相談者への向き合い方も、中学生のこっくりさんやティーン雑誌に載っている相性占いをキャッキャと眺める程度の感覚だったのかも知れない。私が「伝える形容詞ひとつ、助詞ひとつ間違えたら、この相談者に真意が伝わらないのではないか」などと気を揉んでいる横でそれをやられるのは、なかなかにもどかしいというか、やるならやるでプロらしく振る舞い、遊びなら遊びで一線を越えず弁えてほしいものである。

 と、たまにはと思ってピシャリと書いてみた。まあ、私も私でお人好しすぎるから付け込まれちゃうんだろう、その認識はある。
でも、私なりに真剣に取り組んでいることを、遊び感覚の人と同列にされるのは、さすがに失礼ではないか。マイクロアグレッション、自覚のない差別ってこういうことなんだろうなと思う。

 まあ、べつに私の目的とは関係ないことなのだが。気の良いもんではない。




Shine on you.

2025/02/12

眠れる獅子の徐派


 あらゆる邪気を振り切るため一切を事後報告とする、ということで、以下の文章は2月4日から前日にかけて記されたものであることを、予めご了承いただきたい。

 私とソーシャルメディアで繋がっている方々ならお分かりのことと思うが、去年一昨年あたりからずっと「猫を飼いたい」と発言してきた。去年からは特に猫種まで指定して、願いを口にしてきた。少々遠回りになったものの、それが叶う算段が整った。こういうあたり、私は腐っても魔術師である。

 もっと昔から私と繋がりのある方は、私が特定の名前を呼び続ける夢見を経験しているのをご存知のことだろう。
 さみしさに似た喜びに包まれた温かい場所で、愛すべきものの名を口にする自分の声。明確にその名が判明したのは去年の10月だが、その日の投稿はいまでも消さずに残している。今回、里親として迎えることになった猫の名であったからだ。その夢を見始めたのは、ちょうど新宿二丁目にバーを構えた時期なのだが、その猫は2016年生まれ。私の中で、点と点が線になっていくような感覚をおぼえた。夢は日に日に明瞭になり、その結末まで見届けてから覚醒するまでになった。

 予知夢なる概念を的中率という側面から語るならば、私は黙して堅固、なにも語らずこのさみしさに似た喜びの赴くがままに、生きるべきなのだろう。

 無自覚に人の士気を下げるというか、水を差して興醒めさせる類の人間がいる。
シラフとトランスの狭間で常に生き、それでいて飄々としている私のような人間にとって彼らは、「否定的な顕在意識」として機能するのだろう。本人たちの自覚の有無など知ったことではないが、傍から見ていれば「どうしてそうも他人の幸福を素直に喜べないのかねえ!?」と耳を疑ってしまうような言葉を、歓喜に火照った心へ冷や水を浴びせるかのように、言い放つ。往々にして彼らには「悪意」というものがない、いやそれ以前に、「言葉には感情が宿る」という概念をそもそも理解していない。おそらく脳の器質も関係しているのだろうが、「言葉を文字通りにしか解釈できない人たち」といったところか。平易に使いたくはないが、言霊と呼ばれるような考え方とは無縁なタイプ。そういう人間は、他人の顕在意識のダミーになりやすい。集団心理と呼ばれるものもその一種であろう。

 こんなことを言われた!腹が立つ!!なんて、我がサンクチュアリであるこのサイトで展開する気などないし、「人の気も知らないで(笑)」と俯瞰的に流せる程度にはオトナの対応とやらも身につけたつもりだ。えらいぞ、男33歳。
 怒りに繋がる前段階の「イラッ」で大抵の戯言は霧散していくのだが、私は知的好奇心から、「どうしてそういうことを言うの?」と相手を問い詰めて反応を見てみたくなる。私の愛を試したんだから、私だってあなたの思考回路を試しますよ、これでおあいこ。という、私の悪癖のひとつだ。どのみち、薄ぼんやりとした私の顕在意識の一面として刹那的に描画されている人格と向き合うのは、マインドフルネスのひとつの発展形としては、やっている内容は大して変わらないのだから、見知らぬ他人から私の知らない私を見出す瞬間には、心躍るものがある。しかしほとんどは、攻殻機動隊でいうところの「ゴーストハッキングされた者たち」でしかないから、投げかけるクエスチョンも、叩きつけるエクスクラメーションも、ただ虚に消えるのみだ。

 先述の通り、私を攻撃してくる際の彼らは、言葉が不自由である。どの類の不自由さかというと、文字は読めても行間が読めないタイプ。社交辞令を間に受けたり、ジョークが通じなかったりする人たちだ。「社会」という言葉に壮大なシステマティックを感じるのか、マクロの集合体を意識するのかといった解釈のずれはさておき、言外の意味に重きを置く日本語でやり合う舌戦において、彼らを相手にするのなら、かなり悲惨な末路を覚悟せねばならない。彼らは私と対峙する時だけそうなるのか、生来の、精神性の高い人へ依存する性質が言語感覚を鈍麻させていくのかは、正直知ったこっちゃないが、彼らの、無邪気に放つ一言が相手を失望させ、知らず知らずのうちに孤立していく様を見るのは、ある意味気の毒でもある。

 ひとりで踊る、醜い操り人形。

 これはあくまで自論だが、どんなに無神論や無宗教を自覚し強調する人にも、心の拠り所がある。それは美しく神聖に、その人の心の中へ根付いている。美徳(virtue)とでも言い換えるべきか。ネアンデルタール人より脳の小さい私たちホモ・サピエンスが生き残ったのは、この「美」の感覚が備わっていたからだといわれている。

 私は、信念をそっと支えてくれる人と、大義名分を盾にそれを挫こうとしてくる人の区別を明確に知った。ショックだったし、不安に苛まれて多少落ち込んだりもしていたが、実際、いま、現実世界の私は、ベッドでくつろぐ猫を横目にこの文章を入力している。私はこの猫に、果たされることのなかった愛情を注ぐのだろう。あの夢の結末を、頭の片隅に思い描きながら。


探していた温もり
静かに さみしさに似た喜びが 胸を打つ


獅子座の子と、獅子座の満月に。






















Shine on you.






2025/01/08

Inner world dreaming story untold

 
 ここのところ、いわゆる告発が頻発しているように見受けられる。
告発というより、「必要悪の無効が顕在化しつつある」とでもいうべきか。大物芸能人からの性被害を、口止め料を受け取ったにも関わらず告発した女性の事案が記憶に新しい。こういった業界の末席にしれっと身を置く者としては、特別扱いの見返りに有限の何かの提供を要求されるとか、面倒な騒ぎが起きる前に金で解決を試みるとかなどは、よく聞く話であるから正直それ自体に驚くことはないが、素人さんに及び知られてしまうレイヤーにまで話が上がってきてしまう時代になったのかと、そちらのほうに関心を持っていかれる。暴露系配信者が1ジャンルを形成するくらいであるから、やはり一定の潜在需要もあったのだろうが、私は単純に、よく消されないな、と思ってしまう。それはもう、文字通りの意味で。

 語られてこなかった事実が白日の下に晒される。ある者にとっては痛快な勧善懲悪活劇の延長に感じられ、ある者は当事者のそれまでの沈黙の苦痛を思い涙し、ある者はただそこに別の意図や作為を見出す。
 占星術の話に置き換えると、現在の世相は「集団心理の抽出」から「個としての統一」への過渡期であるといえる。争ってばかりもいられないんだけど、争いの中でしか救われぬ魂もあるよね、という悲しい物語の中では、誰だって我が身が可愛い。個として成立することの尊さは、裏を返せば「自分さえ良ければそれでいい」という卑しさとの紙一重というわけだ。去年の中頃からうねりを見せ始めた見慣れぬ流れは本年、加速度的に可視化されていくだろう。求むる未来が定まっている者はその青写真を手にし、そうでない者は、撮り直しの効くスピード写真のように、延々と奇跡の一枚を待つだけの期間となる。それをボーナスタイムと捉えるか、執行猶予と解釈するのかは、私の預かり知るところではないが。

 「◯◯っぽさ」はときとして枷となる。
しかしカポエイラのように、枷ありきで豊かに発展する技もある。自由は制約のなかで輝きを増し、それはやがて、制約がもたらす陰をも相殺し得る。

 陰に呑まれぬためには、光に眩まぬためには、大衆という名の圧力に埋もれぬためには、これだけは負けぬという、自分だけの必殺技を見つけるのです。




Shine on you.

2025/01/03

time is gone behind victories


 毎年のように言っている気がするが、年が明けた実感がない。
もともと暦へ無頓着な性質に相まって、占い師なんぞになったら春分が1年の区切りと考えるようになる。初詣だおみくじだ挨拶回りだ、突き詰めていけば現世利益の追求でしかない。私は家で横になって本でも読んでいるほうが心が安らぐ。さすがにお世話になった方への挨拶回りは重要であるから、昨日済ませはしたが。世俗との関わりは適度な距離感でいこうと考えている。

 とはいえ今年の「新年感の欠落」は私の性分以外の要素も大きい。
ヘアカット・美容医療・タトゥー・心理カウンセリング。セルフメンテナンス予約を年末年始に一気に放り込んだのだ。私は今年、西洋占星術でいうところの太陽期から火星期への移行期間に入る。太陽は平たくいうと自己の確立。まあ、14年かけてネットの藻屑から「加賀優作」を作り上げたのは一応ミッションコンプリートといった感じではあるが、もうひと仕上げ。誰のためでもない、自分のために。というより、誰かのために自分を曲げていた己へのけじめをつけるのだ。

 気楽に過ごす、ということにずっと後ろめたさを覚えていた。
どこか受難的に生きるほうが、様になると思い込んでいたし、片意地を張らないことと怠惰に流されることの区別がついていなかったのかもしれない。そんな日々にセイグッバイグッドメモリーズ。

 寂しさに似た喜びを感じながら、私はひとつずつ優しくなる。

今年もよろしくね。




Shine on you.

2024/12/29

Decorate Myself


 予期せず、顎にヒアルロン酸を注入した。
 2cc(シリンジ2本分)は凹みを平らにするような量ではないので、しっかりと造形もされている。顔というのは面白いもので、欠点で欠点を補っている顔立ちもあれば、各パーツに整合性を持たせることでより引き立つ側面もある。私の場合は、後者の要素が強い顔であるとカウンセリングで指摘された。左右差を解消したり、引き算的な考え方に固執していた私は目から鱗というか、「パーツが全部うるさいんだから、顎もしっかりあったほうが良いよ」と歯に衣着せぬご指摘をいただき、それもそうだわと承諾し、そうして仕上がった顔は、触ったのは顎だけなのに、2, 3割こましに見えるほど洗練されたんだった。顎ヒアルロン酸にはボトックスの併用が欠かせない。プロテーゼ然り、顎部への充填物はオトガイ筋の緊張による圧迫で、骨吸収の原因となるからだ。アデノイド顔貌からコーカソイド級のEラインを目指したようなレベルでなければ(とんでもない大きさのプロテーゼや大量の注入でなければ)特に気にしなくてよい、という説もあるが、異物で骨膜上に立体を作っていて、骨は圧力によって骨吸収を起こす性質があるのだから、骨生成にも少なからず影響はあるはずで、それは完全に無視できないリスクになり得ると私は捉えている。しかし私はその日はヒアルロン酸注入のみの治療で帰宅した。31日にHIFUによる肌治療を予定しているからである。筋膜層や真皮層に超音波で熱を加えるHIFUは、熱によって効力を失ってしまうボトックスを先にやってしまうと、2週間は施術を空けねばならなくなる。なぜ2週間なのかは不明だがそういうプロトコルなのだろう。同時施術やHIFU照射後の注入であれば問題はなく、というわけでこの日は全顔ボトックスも同時に予約していて、顎への注入ももちろん依頼してある。なぜ見切り発車的に顎の形成をやったのかと問われたら、もう、カッとなってやったとしか申し開きできないが、強いて言うのであれば、HIFUは頬や顎下の引き締めを得意とする機械であるから、下顎のシェイプが定まっていれば照射の算段も立てやすく、そして効率的に事が運ぶかも知れぬ、という期待があった、というところか。実際、輪郭形成用の製剤2ccがもたらす肉の移動や表情への影響は侮れぬものがあり、唇の位置が上がり、上の歯を見せる表情を作った際に寄るほうれい線も減るほどであった。そのぶん口角脇に追いやられた肉というか脂肪、所謂ポニョというやつだが、こいつを重点的に叩けばいいわけだ。

 私のような顔立ちは若干痩けているほうが収まりが良い。ふっくらとした健康的な肉付きを目指した時期もあったが、派手な目鼻立ちと見事に喧嘩してしまい、凋落したヴィジュアル系バンドマンのような印象になってしまった。不健康そう・妖しい・日本人離れ・蠱惑的。これらのイメージに寄せておけば、実際にそうかはさておき、美という認知はおのずと私に付与されるのだ。美しさなどという曖昧な概念と縁の深い我が人生を、抱きしめたいほど祝福したくなる瞬間もあれば、寝具を投げ出し寝付けぬほど呪う夜もある。見世物のさだめ。しかし私は、それを甘受する。

 今回お世話になったのは鼻の真皮移植をやっていただいたところとは別のクリニックなのだが、件の後、若干残った斜鼻(鼻筋が曲がっている状態)について相談したところ、「こんくらいなら僕は手付けないっていうか、逆にいじった感なくて良いし、いや、ましにはなると思うよ?けど何百万かけてもシンメトリーにはできないよ。真正面からまじまじ顔見ることなんかないんだから(笑)、気にしてるの自分だけ。人間は非対称性に可能性を見出すんだよ」との回答。入室早々「良い顔だねえ〜」と評してくるような先生だったので、贔屓目というか好みの系統の顔立ちにたまたま私がかすったせいもあるんだろうが、普段は苦手なはずの他人からの断定的な物言いに、私は不安が霧散するかのようなカタルシスを得てしまった。「左右差は良いものだよ、見る角度によって想像力を掻き立てられる。君面白いね。」これは私の顔の、先で述べた、欠点で欠点を補っている要素のひとつなのだと思う。

 この先生は「口周り絶対切ったらダメだよ。口角挙上、人中短縮、とんでもないよあんなの」と、顔にメスを入れることへの感覚が私と似ていて、それゆえにスッと意見に納得がいったのかもしれない。二重の左右差についても、「どうしても気になるなら今のラインと修正前のラインの真ん中くらいで埋没したら?3点くらいでガッツリ留めて。また切るかは取れたら取れたでそのとき考えればいいんだから」とあくまで低侵襲派。この先生は信用できる。そう感じた。ただ、忖度がないというか、顎への注入後、仕上がり確認の際の「ほら、顎に主張持たせて、唇でかい、鼻でかい、目でかい、額でかい、一貫性でたでしょ、外人だね」といった言い回しは、引き算整形の呪縛に囚われていた身にはボディブロウのように効いた(でかいでかい連呼しないでw)が、この先生の揺るがぬ哲学をそこに見た気がして、理不尽な暴力と、ツッコミとしてのドツきの明確な違いを再確認する機会にもなった。

 洒落のつもりだろうと、どんな事情があろうと、暴力はだめ。

 さてそんな大晦日から始まるビューティー休暇の前に、もうひとつイベントが待っている。

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2024/12/22

Alien(Not Alone)


(本文は、会員限定コンテンツPatreonへ投稿したコラムを転載したものです。
こちらの記事のレポート、旅ブログのような内容となっております。)

前夜: 
 台湾へ行くために荷造りをしている。
しかし、これを書いているということは、その通り、まったく作業が捗っていない。私はいわゆる荷造りと荷解きが苦手だ。数日の旅行でも、引っ越しかと思われるほどの荷物を抱え、しかも一度も使わぬまま帰宅したりする。自覚はしているが、心配性なのだと思う。備えあれば憂いなし、を地でいくタイプだ。

 そういった己の性質の問題より、むしろ、訪問する国の法律を心配する必要がある。
私はこんな涼しい顔で劇薬に指定されている薬を服用していて、その薬が、国によっては麻薬として規制されている場合があり、没収あるいは入国拒否となる。ひとつ海を越えれば、どこかの国では、私はドラッグ常用者扱いというわけだ。台湾は調べた限りでは厳しい規制はないようなので、怪しい行動さえとらなければ入国できそうである。

出発前: 
 荷造りは本腰を入れてしまったら意外とすんなり済み、私の心配事は「無事に飛行機へ乗れるのか」へと移行する。12時台の便だから、電車で行くと通勤ラッシュ真っ只中にスーツケースを引きずって乗り込むことになる。ここはおとなしく観念して、送迎バスを予約した。座って小一時間で到着。次からはずっとバスにしよう。遅刻という最悪ルートは回避したものの、早く着きすぎて時間を持て余すという、これはこれでモヤモヤする展開になってしまった。大きい荷物を預け、超過回避のために目一杯移し替えたショルダーバッグを抱えながら、羽田空港をさまよっている。日本の治安はかなり信頼されているのだろう、ベンチを全身で使って眠っている人がちらほらいる。スーツケースを5個も6個も従えて現れる旅行者は、どんな人なんだろう。ボロボロのリモワを滑らせる若者、どんな使い方したらそんな凹むのよ。日焼け止めを塗りたくるご婦人、充電エリアでの驚異的なタコ足配線、ハイパーインフレを起こしている飲食店。空港は日本であって、日本じゃない。そんな気がする。こちら側とあちら側を隔てるという意味では、ある種霊的な特異点ともいえるかもしれない。私はdepartureとして、あちら側へ行く。1時間の時差を越えて。

初日: 
 はじめての台湾はLCCで桃園空港だったが、今回はANA(正確にはエバー航空)で松山空港だ。お金の力ってすごい、機内食まで出ちゃって。だからといって滞空時間がどうにかなるわけではない。気圧の変化に弱い私は空中で軽く失神しつつ、朦朧としたまま入国審査をパスした。パスポートに捺された判を見て再認識する、ビザなしで90日間も滞在できるなんて。日本人の外面の良さはこういうところで効力を発揮するのだろう。
 違う場所に来たのだという感覚は肌と匂いで分かる。東京には東京の、台北には台北の、それがある。強いて言うなら、台北は伊豆半島に似ている。フィリピン海プレートがもたらす力かもしれない。旅は感覚でいけば事がうまく運ぶ、とは私の信念だが、感覚に身を委ねすぎるとときたま選択を誤る。ホテルへ向かうバスに乗車したつもりが、まったく真逆の方向へ向かう便に乗ってしまい、私はどんぶらこっこと桃園市まで運ばれたのだった。けっきょく桃園空港から台北市内へ向かうのと同じ手間をかけて、日没と共に滑り込みセーフでチェックインを済ませた。儲けるという意味において、日本も導入したらいいのにと思うのは、選択肢の多い交通系ICカードだ。キーホルダー状の品からキャラクターイラストやアイドル写真の特殊印刷が施された品まで、カードそのものに希少価値が付与されているのだ。まあ私などは、ハローキティの50周年限定カードとかいう製品にまんまと500元も支払い、それに加えほぼホテル籠りか会社の送迎で移動だというのに300元もチャージしてしまった。いいお客である。日本においては、ガジェット界隈で海外製品に対して必ず言及されるのは「お財布ケータイ対応か否か」という項目であるから、物理的なカードを何枚も持つより、一つの端末にさまざまな機能が凝縮されているのが好みなのか。PASMOも現在は無記名の物理カード販売を停止しているそうだから、この流れはより加速していくのだろう。理論的には、護符や呪符なんかもデジタルに置き換わっても発動する。ただ、物質的要素を排除しても、それがある・またはあったと仮想する脳の処理能力は相変わらず求められるし、なんなら負担が増す。私たち日本人は、疲れたいのだろうか。
 宿泊するたびに思うが、五つ星ホテルというのは、経費で落ちるとはいえ、身の丈に合っていないというか、むしろ「これだけの待遇を与えているのだから、相応な働きをしてもらうよ」という無言の圧力を感じる。まあ、その場に応じた態度や立ち居振る舞いを身につけることができるから、社会勉強にはなるのだけれども。予約名を告げた私は即座に日本人だと見抜かれ(おそらく漢字4文字だから)、なぜか芸能人と誤認され、写真を撮ってくれとスタッフたちに取り囲まれてしまった。日本にいても混血かどうか訊ねられるくらいだ、私のような北方系の顔立ちは南国では珍しいのだろう。雪で肌が灼ける国から、日差しで肌が焼ける国へ。私たちは似ていて、やはり違い、そして似ている。
 夕食は中山北路という日本人街の出店で軽く済ませた。チンホージャー(めっちゃ美味しい)!その胃の幽門も開かぬうちに、監督から着信、食事の誘いであった。彼女の独特の間にはいつも驚かされる。いわゆる「お呼ばれ」であることは承知の上で、私はのこのこと、これまた五つ星のレストランへ着いて行くのだった。後日台湾人カメラマンから教わったのだが、台湾の格言には「台湾で旅行者が太って帰らなかったら、それはもてなしが足りていないということだ」というのがあるそうだ。要するに、接待の際は極上の品をたらふく食べさせる。それだけ食文化に自信があるのだ。私は摂食障害を自力で克服したフードファイター、美味しいものを美味しく食べることにかけては天稟がある。福建と四川の融合だろうか、唐辛子と山椒の効いた赤いスープの海鮮鍋と、棗がゴロゴロ入った漢方牛肉鍋。台湾の海老は、このままアレルギーになって食べるたびにエピペンを使ってもいいと思うくらい美味しかった。瓶1グラス3の注文ミスで瓶3グラス1で来てしまったビールを飲みつつ、私はやんわりと本題に切り込む。数あるモデルのなかで私を呼んだからには、なにか底意があるはず、私になにをさせたいのかと。やんわりとを意識した割にはズバッといったなという感があるが、高額なギャラを約束されているわけでもなかったので、そこはある意味強気になれたのだと思う。彼女の意図を要約すると、AV女優をプライドパレードに参加させるための緩衝材としてゲイのモデルを使う、という実に戦略的なアプローチであった。切れ者とはこういう人をいうのだろうなと感じた。さて、そこで求められるのはショックアブソーバーとしての私の力量である。外見、態度、発言、思想、行動、そのすべてにおいて、日本と台湾、ストレート市場とゲイ市場、男と女、普遍と異端、自由と制約、権利とタブー、これら両天秤のボーダーラインを踏み外さぬように歩き切らねばならない。これはある意味禁じ手というか、私は「誰の敵にもならない道化た姿で、正論を坦々と言う」という方略で攻めることにした。頭の中で、持ってきた服たちを組み合わせ、髪のスタイリングをシミュレーションし、メイクの乗りを考慮して睡眠時間を逆算する。
 消化器と脳が各々の動きを粛々とこなすなか、私の心と身体はゲイストリートに連れ出されていた。カップルだろうか、男性二人が手を繋ぎ愛を囁き合い、キスをしている。セックスショップにするすると出入りする男女、一見、無法地帯特区のようにも思えるが、入国直後から感じていた「他者を排斥しない許しに似た温かい雰囲気」の答え合わせをしているような気分だった。自由。私は完全なる余所者の外国人として、それを誰よりも大きく思い知ったのだ。これも監督の狙いなのだとしたら、彼女には一生足を向けて眠れない。

2日目: 
 出役の朝は早い。パパッと済ませてハイいけます、なんてことはどんなに端役でもあり得ない。考慮されるかは別として、見てくれの準備それ以上に、心の準備が必要なのだ。私は夢も見ず3時間ほど眠って、するりと目覚めた。これはいわゆる臨戦態勢、数年に一度くらいしか発動させられない「鬼のコミュ力モード」が起動している証だ。眼光鋭く、人の心を読み、空気を察知し、適切な言動を提示し、ときには座を操る。私はこの力を、物事を良くする方向にしか使わないと決めている。この日はプレス向けに会場をまるまる貸し切って、会見をおこなう予定だった。入場するなりその規模に驚く。だが圧倒されてはいけない。席順の指示を受けると、4名の女優さんを私ともうひとりが固める形だった。これは差し込みの妙が試される布陣である。添え花がメインを食ってはいけないし、顔を潰してもいけない。プライドパレードの趣旨は昨晩リサーチしてあるし、性的少数者でもないAV女優がなぜプライドパレードに?そしてお前ら男二人は何者なんだ?おそらく記者たちが明確にして欲しいのはそこであろうと踏んで、あらかじめ回答は複数用意しておいた。
 詳細はYouTubeに上がっているのでぜひ本編をご覧いただきたいが、初めての公の場での露出にしては、なかなかいい流れやパスを出せていたように思う。会見の趣旨をこちら側が把握しきっていないというウィークポイントを、初めの段階で補強しつつ、私たちは境界線を引きに来たわけではない、という明確な意図も提示できた。なにより、誰かが期待する答えだけでなく、自分の意見を言うことができたのが、一個人として尊重されている実感があり嬉しかった。「外っ面のいい日本人気質」は、使いようによっては、ああいう立ち回りも可能にできるのだ。
 とはいえ、この会見によって追加の取材依頼が入り、当初予定していた九份ツアーをキャンセルせざるを得なくなったのは、すこし歯痒かった。

3日目: 
 会見後の接待ツアーでしこたま飲んでしまった私は半分二日酔いで、でも「鬼のコミュ力モード」は維持したまま眼を覚ます。台湾の酒は濃い。酒豪がやたらともてはやされる文化は、私にとっては好都合であったが、スタッフの皆さんに酩酊した姿をお見せしてしまったのが少々悔やまれる。すこし荒れ気味の肌をやや厚めに塗り衣装、いや装束をまとう。かなり緊張している。しかし頭では分かっている、ハラハラとワクワクは一緒のもので、主観的にどう処理しているかに過ぎないということを。だったらもういっそ、楽しんでしまおう。そう決めたのはいいのだが、山車に載ってからの記憶が途切れ途切れであまりない。コンドームを配るというなけなしの小技が、チーム全体に伝わり、みなセックス製品をPRし始めたのはひとつの成果かもしれない。気づくと裸だった。緊張と、想像を超える人の数と熱気と湿度で、私は段階的に服を脱いでいたのだろう。メタ視点を使う、私はどう見えている?よそ行きの顔つきになる。カメラに収められた私の姿はどれも遠い目をしていた。遠い目をするときの人は、内省している。私はなにを考えていたのだろう。ただ、大切にされる喜びを伝えたい、という意志は頑ななまでに通していたように見受けられる。それは、大切にされなかった経験がある人にしかできないことだと思うから。
 パレード後の熱気はそのままに宿へ戻り、シャワーで汗を流し、顔と髪を軽く片付けて小綺麗な服に着替える。絶対に打ち上げだろうし、私ひとりで五つ星だったなら、演者全員が揃えばお偉いさん方も登場してくるに違いないと読んだ。ビンゴ。オーナーやらそのパートナーが勢揃い、私はちょうど彼らの間にすこんと案内され、台湾式の飲みニケーションの洗礼を受けた。次々と出てくる高級な鉄板焼きは非常に美味だったが、私は彼らに対して粗相があってはならないという、パレードとはまた違った緊張で背筋が張っていた。私が猫背でなくなるのは、こういう場だけだ。幸か不幸か、私は顔に酔いが出ない。今回はそれが吉と出た。”Cheers”では少し飲み、「干杯」は一気飲みであると知ったのは、上物のワインをすべて空けてしまってから。私はお偉いさんから”You’re a good drinker!!”と、褒めているのか嫌味なのか解釈に苦しむ謎のお墨付きをいただき、二次会に連れていかれそうになるのを監督に引き剥がされ、ホテルへ運ばれる。
 解散がテキトーなのは台湾独特の感じなのだろうか、三人ずつタクシーに乗り込んだのだが、女優さん、そのマネージャーさん、私、という謎のリーベンレントリオができてしまった。運転手さんはもちろん台湾人である。私は助手席からあの手この手で指示を出すも、酩酊下である。こういうときは妙な勘がはたらくもので「酔っ払いだしちょっと遠回りしてやろうか」という意図を感じた私は、断固としてナビアプリを明示し続け、それを回避した。並行して台湾華語でなく台湾語の表現をいくつか出したのが効果的だったのかもしれない。その国を知るにはやはり、酒と言語だ。

4日目: 
 この日は15時に雑誌媒体の取材が入っていた。モーニングを済ませ悠然とコーヒーを啜っていたら、11時集合との連絡。嘘でしょ、あと40分もない。写真撮影ありって言ってたよね。あのときの瞬発力で身支度ができれば、日々はもっと暮らしやすいのだろうなと思う。記者会見のときとは少し趣向の違う、通訳さんを交えた対話形式での取材、「同性愛の男性として」という部分に強くフォーカスされた内容だった。そこでの回答がどこまで使われるかは分からないが、できるだけ正直に率直に、自分の意見も交えつつ答えたつもりだ。「なにを言わないか」のほうに意識が逸れてしまう悪癖が出ることもなく、のびのびと話せた。どれくらいのびのびとしていたかは、Instagramにアップしたグラビアアイドルを真似てふざけている動画をご覧いただければ一目瞭然である。
 午後からは完全にフリーで、私たち日本ゲイチームはホテルへ直帰。別行動タイムになった。異様に昂った新奇探索性はデーティングアプリを起動させる「これから会える人募集、私のホテルで」、即座に応答、目を見張る男前。セックスもそこそこに、お互いに意気投合。喋っている時間のほうが何倍も長く、そして楽しかった。私と同じ、キスをしながら喋るタイプ。笑窪が印象的な、かわいらしい人。連絡先を交換し、帰国した今もやり取りを続けている。ユーモアは言語や国を超越できるということを、再認識した。私のどうしようもないひねくれは、切り口をひとつふたつ変えればジョークに化けるようだ。しかしそれは、どんなに気軽な冗談も、洒落にならない悪口になってしまいかねないということと表裏一体でもある。言葉でご飯を食べている身として、深い教訓を得た。
 先約があると惜しみつつ別れた後は、別件で台湾に来ていた友人と合流し、士林夜市へ。彼とは「誕生日が一緒」というご縁でお付き合いが始まり、私がmixiで高二病を発症していた時期を見守ってくださった、人生の大先輩。彼がドラァグクイーンとしてALI PROJECTのライヴで妖艶に舞う姿を恍惚としながら眺めていた17歳の私へ、33歳になったら、ナイトライフをご一緒させてもらえるよ。
 西川口で育った私に耐えられないゲットーはない、と謎の自信を持っていたが、士林には日本のそれとはまた違った独特の寂しさや怨みのようなものが漂っているように感じられた。怒りとは違った、湿り気のある情念。単純に湿度が高いせいかもしれないし、歴史的な背景に由来するものなのかもしれない。いろんな顔立ちがあるのは、それだけいろんな血が交わり、そして流れたからだ。そういった台湾の暗部を、ナイトマーケットは忘れさせないようにしているんだろう。
 チャンポンせずビールだけで作られた心地よい酩酊のままホテルへ戻り、私は溜めに溜めた洗濯物をコインランドリーへ持っていく。洗濯をやりだしたら、それは旅行ではなくもはや生活なのではないか。私は長期滞在する先々でそう思う。洗濯と乾燥を待つだけの1時間。両替のために買ったコーラがまったく冷えていなくて笑ってしまったが、台湾では冷たい飲み物を飲むという感覚が一般的ではないようだ。基本的に冷やされていてもちょっぴり。氷水なんて注文しようものなら、でたよリーベンレンの意味わかんねえやつ、という奇異な目で見られる。
 深夜の街はひっそりと静かで、厚物はちょっと生乾きで、ゴキブリはナチュラルに大きく、歩道の謎の段差にコケまくり、原付に何度か轢かれかけながら、私はしっかり台北を歩いたんだった。オフ用に持ってきたスニーカーを一度も履かず、厚底靴で。

最終日: 
 帰りのフライトは夕方だった。それまで完全に自由時間だと高を括っていた私が急きょかけられる招集に焦る、これはもうこの旅のお約束だということで、私は最後の力を振り絞って荷造りを終えた。ほんとうに振り絞ってしまって、全員集合の食事会では、途中で寝落ちしてしまい、すこし無愛想に映ってしまったかもしれないのが申し訳ないが、あれは低気圧と「鬼のコミュ力モード」が尽きてしまった成れの果てなので、ご容赦いただきたい。帰りのフライトでは見事に失神。私に「快適な空の旅」が訪れることは未来永劫ないんだろうなと思う。耳抜き、とやらのコツが、私にはどうも掴めないのだ。監督を見送り、最終バスに乗った。自分の住む街まで直行便があるというのは、恵まれた境遇だと思う。何回も乗り継いでようやく、というコースを知っているからより強くそれを意識する。
 ”Counting your blessings” という表現、まあ「己がいかに恵まれているかを意識せよ」といった意味になるんだろうが、今回の旅で一貫して私の心の根底に巡っていた思いはそれだった。不幸を賢しらに語るより、発見した面白さを楽しむほうが良い。今回の計画に携われたことをありがたく、そして誇りに思う。そして同じように、私のアダルトのキャリアはひとつの集大成を迎えたのだとも思う。そんなことを書いていたら、占いのほうで大きなお仕事が決まった。古い友人が縁を繋げてくれたのだ。ここでも”Counting your blessings” が主題のように繰り返される。友は恵みだ、人はひとりでは生きられないのだから。たとえ失くしても、大切にすることを学ぶし、大切にされることを感じれば、誰かが大切にしているものも尊重できるんじゃないかな。なんて、理想を語ってみる。けれども、少なくとも私は、そういう人として誰かの目に映りたいな。




 Shine on you.