2022/10/12

My life to envied.

どうもです。

「インドア派かアウトドア派か」なんて質問がありますが
どちらかに比重を置かなければならない訊き方をされると
質問が下手だなあ〜と思ってしまう加賀です。

どこか遠く知らない場所へ赴くことで、屋内で内省を重ねるよりも
生々しく自己を浮き彫りにさせる「外こもり」の概念なんて
彼らには一生かかっても分からないでしょうね。
人間嫌いだって、人間が生み出す活気を好んで街へ繰り出すことだってあるのですよ。

9月の私は、精神的にたいへん追い詰められていて、というか
いわゆる「処理落ち」状態だったと表現するほうが適切かもしれません。

死者を無事に葬(おく)ったかと思えば、生者は生者でいろいろなことを私に言い、
求め、私個人とは関係のない意図をもって私を動かそうとし、そして急かしました。

とにかく私は、祖父のいなくなった世界を、落ち着いて味わってみたかった。
彼がいたはずの未来、いなかったとしても、彼が繋いでくれた今。
私の中の男性性の欠片を作ってくれた人の気配を静かに感じたい、ただそれだけだったのに。

「すこし考える時間をください」と確かに私は明言したはずだけれども
伝わっていようがいまいが、態度はすべてを語りますから
言った言わない問題などもはや、取るに足らないお戯れ。

......葬儀の手続きを事前に進めておかなければならないと伝えただけで
「ご愁傷様でした」と一方的に死んだ形にされたこと。

......まったく心を許していない知人から「誰々から聞きました、ご愁傷様です」と
メッセージが届き、私の個人的な家族の事情が洩らされていると気付いたこと。

......いざ訃報が届いた際に「ほら、死んでいなかったでしょう。今死にましたが」と
母親とのやりとりを見せた後もなお、ビジネスの話を繰り広げられたこと。

......店舗から退く旨を伝えるやいなや、血相を変え「卒業パーティーを開こう」と
私が喪に服する余裕も考慮されなかったこと。

......私が主体となるはずの案件の話が私抜きで進められていて
待遇面での細かい説明もないまま、その選択を急かされたこと。

ひとつひとつは小さな違和感でも、これだけ重なってしまったら
さすがの私も疲弊するってもんです。剰え本人たちに悪意など微塵もないのですから。
「お前を利用して金を稼ぎたい」くらい直球できてくれるほうが
よっぽど手心があると私は感じたでしょうねw

心の中の夜叉が、静かに嗤った。
我が身可愛さを優しさで覆ったその顔を鏡で見られるか、と。

さあ、長年の加賀優作後援会会員のかたはご存知のことと思われますが
私の中の夜叉が嗤ったときの行動パターンはおおよそ2種類。
酒を飲みまくるか、旅に出る。
酒好きだった祖父への手向けにと、酒は浴びるほど飲んだので
私は新幹線に飛び乗り車窓から景色を眺めつつ、缶ビールを空けました(結局飲むんかい)

向かうは静岡県伊東市。加賀の逃避スポット。
緯度や地形というのは密接に関連があるのだなと訪れるたびに思うのは
熱海に差し掛かった瞬間に感じる、あの、なんとも言えぬ陽のエナジー。
熱海、伊東、伊豆。あの地域に満ちるなにかは、私の陰鬱を打ち消してくれる。

自分はなぜ海が嫌いなのか、そういえば真剣に考えたことがないなと気付いたのは
なんの躊躇いもなくさくさくと砂浜を歩き、海水に足を浸してから。
幼い頃に溺れたせいだと思っていたけれど、おそらく違う。
海へ来ると、泣いてしまうからです。

9月とはいえ、相模灘の波はまだ夏のまま。
寄せては返す波と通り抜けていく風に、私は
後生大事に握りしめていた悲しみをすべて、開放しました。

人間、本気で泣くとあんなに造作が乱れるものなのかと、ちょっとびっくり。
あんな顔、誰にも見られたくないものですね(笑)

ひととおり顔面を片付けて宿へ戻ろうとしていたところ、ふいに
なにか予感めいた、声のような、でも音声でも幻聴でもない、不思議な衝動を覚えます。
私は知っていました。これ、人生の大事な局面で必ずやってくるやつだ。
しかし私はまだこの「予感めいた衝動」の正体を知らないし
ましてやコントロールもできません。けれども
「このまま宿に戻るべきではない」「この道を歩いてみるべきかもしれない」と
ほとんどいざなわれるようにその衝動へ身を委せ
中心街以外の土地勘がほとんどないなか、するすると歩を進めました。

衝動の揺らぎが落ち着いてきたと思い立ち止まると、目の前には神社がありました。
ここは安産や縁結びの祈願で有名ではあるけれども、私になんの関係があるのか。
はて面妖な?ふと、振り返ると、ありました「予感めいた衝動」の発生源。
10メートルは優に超えるであろう、巨大なタブの木。





















で、でけえ〜!こんな大きいの見たことない!!
それもそのはず。

















市の天然記念物に指定されるほど、ここまでの巨木は珍しいとのこと。
そりゃあ、なにかが宿っても不思議じゃないよね〜と妙に納得。
タブの木に向き合い畏みて一礼すると、

「生きろ。」

声でもなく視覚的な文字でもなく、しかし確かにこの意味でしかない
パルスのようなものが、私の心臓の温かい部分と共鳴するのを感じました。

見抜かれていたのです。

正直なところ。
伊東へ来て、心が疲弊したままだったら。
海も空も風も緑も、色褪せているようだったら。
親切で温かい人の心にも、感謝の心を抱けなかったら。
今の生き方を諦めてしまおうかなと、ちょっぴり考えていたのです。

もうすこし、藻掻いてみろということね。

心の中の夜叉が、静かに目を伏せた。
分かればよろしい、と言わんばかりに。

ちなみに、折口信夫はこの木を招魂木(おがたまのき)と呼んでいたそうです。
どっひゃあ〜!

伊東という場所、私を見守ってくれる友人たち、力を貸してくれる大いなる力。
ありがとう、これしか言えない私をどうか許してほしい。

そして、しばらく逃避の旅はしませんっ




Shine on you.

2022/09/25

Your life to envied.

どうもです〜

ああでもないこうでもないと藻搔いているうちに
夏の残骸をかき分けて、ちいさい秋を見つけ始める季節になりましたね。

7月は個人的に、心の深いところで新たに生まれ変わるような体験を
生々しく感じた月だったのですが、なんだかこのあたりから周囲の動きも
よりドラマティックになったというか、とにかく目まぐるしいものがありました。

それというのも、私が去年の暮れや今年の始めあたりから言い始めていた
「私は通過点」という(かなり電波なw)言説に、自分なりの答えを見つけた途端
見える景色が変わった気がして、それによるものが大きい気がしています。

個として成立することばかりに執着していた自分より
連続性の中に点在する自分のほうが瑞々しい。

意地でも意見を通すべきであろう場面と、自我など足枷にしかならぬような場面
私はその見極めが、ある日を境にぐっと上達したのかもしれません。
まあ、あくまで当社比ですけどね。

8月は、母親との休戦協定の要となっていた祖父母に節目が訪れ
祖母は曖昧になる時間が増え、祖父に至っては余命幾許もないという状況でした。

入院させず自宅で看取るのだと頑なに意志を曲げない母親は
気丈に振舞っていましたが、私には空元気に見えて仕方がなく
気分転換にと彼女を矢沢永吉のライヴへ行かせ、私と従姉妹で留守番。

豪傑を絵に描いたような男は私よりも小さくなり、しかし
私の手を握る力はかつてのままで、視線が合うと彼の口は「ありがとう」と動き
そのとき静かに、さみしさに似た温かさが私の胸に広がるのを感じました。

顔も見たくないと言われ、上等だよと啖呵を切って家を飛び出したあの日を思う。
私は、試されていたのかもしれない。

彼の訃報が届いた夜、私は友人と時間を共有していました。
大酒飲みだった彼のことだから、いまから死体を見に実家へ行くより
この辺でいい酒でも飲まないかと、それが不出来な孫にできる唯一の餞かもと
不謹慎だと断罪されるのを覚悟で友人を誘った瞬間、部屋の照明が明滅し始め
それはまるで、口のきけなくなった彼が介護ベッドから私を呼ぶときに
柵を指で弾くリズムのようで、いくつか質問を投げかけると
YESのとき、NOのとき、それぞれのリズムが光で再現され
姿は見えなくても、彼は確かにここにいるのだと、実感しました。

能動的に霊魂と会話をした初めての経験。
その夜、友人と飲んだ水割りは、祖父が作ったのかと思うほど濃かった。

「ありがとう、ありがとう」と繰り返し死んでいった祖父を
悪く言う気になれない。大嫌いだったはずなのに。
ざまあみろとでも言ってやりたいのに。
彼は、感謝と慈悲の心を最期まで失わなかったのです。

記憶を辿れば理不尽な仕打ちや心ない言葉ばかり、でもそれよりも遥かに
鮮明に思い出されるのは、屈託のない彼の笑顔や豪快な笑い声。

いろいろあったし、忘れるのはなかなか難しいけれど、あなたの孫になれてよかった。
もう痛くも苦しくもない、ゆっくりおやすみ。ありがとうね。



忘れてしまえる痛み かき集めて
その傷痕に触れよう
失くしてしまえる記憶 たぐり寄せて
そのさみしさに触れよう



9月始め、死にゆく人間との和解、生ける屍との諍いで私の精神はボロボロ。
思うことやじっくり考えたいことがあると、ふらりと旅に出る放浪癖があるのですが
私は新幹線に飛び乗り、静岡県は伊東に向かっていました。

その地で再び、霊魂と対話することになるとは露知らず。




Shine on you.

2022/08/19

Must be reason why I'm king of my castle.

どうもです〜

久々の更新。
TwitterやらInstagramやらでちまちまお気持ち表明をしていると
こういうところにまとめて書く調子が狂ってしまいますね。。
小出しにしているとネタが乱れる!

前回の記事からいろいろ動きがあったような、なかったような感じですが
個体としての精神性がぐわっと高まった実感はあります。
西洋占星術の世界でいうところの、サターンリターンというやつですね。

まあ、なんということはない。
生きてりゃなんとかなるのです。

私はそんなに友人が多いほうではないですが
誠実な人たちに恵まれている確信はあって、私は彼らを尊敬しています。
親しき仲にも〜じゃないですが、やはり敬意は大事。
しばしば、関係性の指標になってしまうほどに。

欠乏を埋め合うだけの関係は友情と呼べるのか?
という問い。意気投合した相手と笑い合っていても
それは常に、頭の片隅で目を光らせている。

私は、優しい人間です。
これは自分を優れた人格者に見せたいためのアピールではありません。
困っている人に縋られると、放っておけない。
自分を犠牲にしてでも、相手の要望を聞き入れてしまう。
優しいという特性は、私にとって弱点なのです。

人の不幸は蜜の味、なんて云いますが
優しさにも麻薬的な味わいがあるものです。
おそらく私は、自らの優しさ(或いはそれに類似したなにか)によって
幾人かの友人を堕落させてしまいました。

断続的に私を求め、自由を制約し、選択を阻む。
経験で分かる、敬意を払えなくなった人間が取る態度です。
離れていても繋がりを感じ、自由を思い出させ、選択肢を広げてくれた
彼らはどこへ行ってしまったのだろう。

求められたものを差し出したばかりに、大事なものが壊れてしまった。
敬意が失われた関係に残された道はひとつ。
向こうが気づくか、私が去るかの違いだけ。

赦してね。




Shine on you.

2022/05/06

They're ghosts in the light.

母親と休戦協定を結んだ
祖父母共に曖昧になった今
彼女を繋ぎとめるものは
私か猫しかいないと想像したとき
その空しさに比べたら私の憤りなど
通過点のなにかに過ぎないと感じられた
許しと愛は似て非なるもの
私は彼女を許したわけじゃない
でも愛をもって接することはできる
むしろ、そうしようとする心がまだ
幾許か残っていたことに驚いている
また私たちはすれ違い歩幅を乱し
ときには互いを傷つけ合うだろう
いや、そうでないと筋が通らない
ただ今後は、そこまで傷つかない気がする
慣れてしまったわけでもなく
割り切りを心得たからでもなく
単純に、運よく私が優しい気分だったから
ただそれだけ

心の中の夜叉が
ため息混じりに嗤った

祖父は鶏卵や東京ばな奈を
好んで食べているそうだ
豪傑を絵に描いたような男が
いまや柔らかく温かいものを求めている
実家へ寄る日に買っていくつもり
忘れぬように黄色い文字
だから何ってわけじゃないけど
私にも同じ血が流れているからね
曖昧になるの 早いんだろうよ
こういうときの遺伝子は裏切らない
ちょっとは遊びなよ
私は遊びきってから死ぬつもりだよ
アポトーシスとかできちゃう
小器用なあんたらとは違うんだもん

























Shine on you.